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透明人間は密室に潜む [阿津川辰海]

まずはAmazonさんの紹介ページから。

透明人間が事件を起こしたら?
アイドルオタクが裁判員裁判に直面したら?
犯行現場の音を細かく聞いてみたら?
ミステリイベント中のクルーズ船で参加者の拉致監禁事件が起こったら?
阿津川辰海の傑作短編集がついに文庫化。
波に乗る著者が放つ高密度の本格ミステリ!読めばファン確定。驚嘆必至、必読の一冊!


「名探偵とは」という名探偵論を展開した「紅蓮館」「蒼海館」。
個人的に後者については、拙ブログでも色々批判しましたが、
本短編集は傑作です。

どの作品にも、2つの仕掛けが施されていて、
特に表題作と「盗聴された殺人」の2作品は、甲乙付けがたい、傑作だと思います。

前者は、特殊状況下における殺人という設定ですが、これが実はそこまで特殊でない、
というのが面白い。
最初に人の透明人間病について説明があり、現在それの薬や治療法が開発されている
という状況。
内藤彩子は、この透明人間病の特効薬を開発中の人物を殺しにいくという、
倒叙ミステリですね。
とにかく透明人間だからといっても、物質を持てばそれが浮いている状態になり、
何かが飛び散れば、それも浮いているように見えてしまう。
つまり、透明だからといって、殺人やら窃盗やらが簡単にできる訳がない。
本作で描かれる透明人間病は、そういうもののようです。

透明人間が密室のどこに隠れたのか??これは案外とすぐわかるのではないかと
思います。
しかし、そこからが本作の真骨頂。なぜ「彩子」が特効薬開発者の川路教授を殺害しなければ
ならなかったのか、この謎が見事です。
ところで、参考文献に引かれている「ジョジョ」は、透明の赤ちゃんですかね。

後者、「盗聴された殺人」も、特殊能力を持つ人物と探偵とのコンビが挑む事件。
異常なまでに聴力が良い山口美々香と、探偵事務所所長の大野糺が主人公。
これも特殊能力が活かされつつも、実は犯人当て小説、読者への挑戦状になっている
ところが大仕掛けであり、読み応え抜群でした。
このコンビ、『録音された誘拐』という長編に登場しているとのことで、
こちらも楽しみです。

「六人の熱狂する日本人」はオチは読めるものの、これは現実にあり得る話だなと(笑
あり得るというのは、選ばれた裁判員全員が、同じアイドルのファンであるということで、
6人で1つの事件から、これまでまるで違う真相(?)を探り出すのはまあ、ないでしょう(笑
この作品の凄いところは、アイドルオタク・ファンのそれぞれの行動が、事件の真相に
迫っていく作りになっているところ。何を聞かされているのかという判事と判事補を
尻目に、別の真相が浮かび上がってくるエキセントリックな過程は、ある意味凄い。

「第13号船室からの脱出」。これもまたオチが見えているものの、
脱出ゲームで出される謎解きについては、極めてレベルが高く、どんでん返しも
面白く読めました。
ただなんというか、メイン登場人物3人がちょっとなあという。個人的に好きになれなかった。

帯に記された○○で何位!とかは完全スルーですが、
これだけ別視点から、高度なミステリを集めた短編集は中々ないでしょう。
ぜひ一読をお勧めします。




透明人間は密室に潜む (光文社文庫)

透明人間は密室に潜む (光文社文庫)

  • 作者: 阿津川 辰海
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2022/09/13
  • メディア: Kindle版







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蒼海館の殺人 [阿津川辰海]

まずはAmazonさんの紹介ページから。

学校に来なくなった「名探偵」の葛城に会うため、僕はY村の青海館を訪れた。

政治家の父と学者の母、弁護士にモデル。
名士ばかりの葛城の家族に明るく歓待され夜を迎えるが、
激しい雨が降り続くなか、連続殺人の幕が上がる。

刻々とせまる洪水、増える死体、過去に囚われたままの名探偵、それでも――夜は明ける。
新鋭の最高到達地点はここに、精美にして極上の本格ミステリ。

以下、ネタバレ注意。




最初に極めてどうでもよいことから。
前作『紅蓮館』が火、今作『蒼海館』が水。想像は出来ましたが、
B'zさんの『FIREBALL』からの『Calling』のPVを思い出しました(笑)

葛城輝義が不登校になったのは、前作で探偵とは何か?を突きつけられてしまったため。
それをどうにかしたいため、「ワトソン役」たる田所は、友人の三谷とともに、
葛城家の本宅・蒼海館を訪れることに。

この葛城家、変わってますよね。それぞれの関係性は最後の方で、輝義から
語られたりしますけど、そもそも息子が凄惨なやり口で死んだ(殺された)のに、
父である健治朗、母である璃々江の動揺しなさっぷりはすごい。
健治朗は政治家かつ置かれている状況とはいえ、この両親はすごい。
そして葛城一族の団結さもまたすごいんですよね、即座にそうした行動に移れるという。

葛城の謎解きの際には、父親に対してはすこまで深く説明されていないし、
(というか母親も。姉はあるエピソードがありますけど)
家族関係という点では、他の多くの名探偵同様、よく分からない点が多いですね。

本作のテーマは前作が山火事による火災で物理的に館から脱出不可能となる極限状態を、
殺人事件の解決も含めて、それを解決するか、でした。
本作は、超大型台風接近に伴う水害、浸水でどう助かるかという極限状態と、
殺人事件の解決という、まあ火と水の違いですが、その解決方法が大きく違うのが特徴。

これは葛城が名探偵はヒーローであるということを本書内で悟り、その信念に基づいて
行動し、全員を助けるという結果に繋がります。
このヒーローって箇所は何度も登場するのですが、これがかなり読んでいてイタい・・・

しかし、本作最大のテーマは、やはり「顔の無い死体」だと思いました。
横溝正史先生の三大トリックの1つと言わしめ、紀元前からあると江戸川乱歩先生が
指摘する程、超有名なトリック。

本作で登場した時、ミステリ好きの方ならば、まずこの死体が葛城正ではなく、
おそらくは黒田ではないかと思うのではないかと。
で、この仮説が思い浮かぶと、真犯人までたどり着いてしまうんですよね。

真犯人の狡猾さは、田所への心理的トリックなど、非常にずる賢く、極めて頭が良いのが
わかるのですが、
一方で、動機という面でみると、今この時行うことなのか??という疑問だらけ。

前作はある意味泥棒なのでわかりやすいのですが、本作はそうではなく、
正当なる遺産にも当たるわけで。正直に家族に話せばなあと勝手に思いました。

むろん黒田の立場を考えると、健治朗が相当額を分け与えそうな気もしますが、
(だからこそ黒田を仲間に引き入れたのでしょうが)
それを引いても、ちょっと先走りすぎた感が。

真犯人と黒田のはこう上手くいくかどうか、結構隙が多そうです。


蒼海館の殺人 (講談社タイガ)

蒼海館の殺人 (講談社タイガ)

  • 作者: 阿津川 辰海
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2021/02/16
  • メディア: 文庫







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紅蓮館の殺人 [阿津川辰海]

まずはAmazonさんの紹介ページから。

山中に隠棲した文豪に会うため、高校の合宿を抜け出した僕と友人の葛城は、落雷による山火事に遭遇。
救助を待つうち、館に住むつばさと仲良くなる。
だが翌朝、吊り天井で圧死した彼女が発見された。

これは事故か、殺人か。
葛城は真相を推理しようとするが、住人や他の避難者は脱出を優先するべきだと語り――。

タイムリミットは35時間。
生存と真実、選ぶべきはどっちだ。


講談社タイガ、というレーベルを初めて購入しました。
wikiによると、
「講談社ノベルズの兄弟レーベル」で「全点新作・書き下ろし、全てシリーズ作品」
とあります(今は少し変わったようですが)
ミステリだけでなく、SFやファンタジーも含めた小説を刊行しているようです。

と、説明されてもいまいちよくわからんなあという印象(苦笑)
新人発掘でもなさそうだし(創刊に西尾維新先生と森博嗣先生がいるし)。
講談社文庫、というと、やはり「新本格」ないし「時代小説」というイメージが
私の中ではあるので、それに囚われない作品を刊行する!という感じなんでしょうか。


そんな新レーベルで刊行されたのが、今回ご紹介する「紅蓮館の殺人」。
作者の阿津川辰海先生は、なんと1994年生まれ!若い!
これからが楽しみな作家さんです。

以下、ややネタバレ。






元々本書は、『このミス』などでもランクインしていて、気にはなっていたんですが、
新レーベルということで、中々購入に踏み切れず。
次作「蒼海館の殺人」が刊行されたのを受けて、購入しました。

自然災害に巻き込まれる、という作品では有栖川有栖先生の『月光ゲーム』を
思い出しますが、本書はそれよりもさらに緊迫度が増しています。
山火事が<落日館>に迫る時間が各章ごとに記され、自分たちが生存するためには
どうすれば良いのか?という判断を矢継ぎ早に迫られていきます。

一方で、つばさの死は<ワトソン役>助手の田所信哉にとっては失恋以上の衝撃でしょう。
名探偵・葛城輝義はこれを殺人と疑いますが、<かつての>名探偵・飛鳥井は事故と断定。

飛鳥井は全員で協力してこの災禍から逃れることを提案し、葛城も事故という結論
は認めないとしつつも、この提案へは協力します。
かくして、不思議な仕掛けだらけの館の、秘密の抜け穴探しが始まるわけです。

このつばさの死の謎と、館からの脱出という2つを両輪として、本書は
進んでいくのですが、圧巻はやはり最後の、名探偵の謎解きでしょう。

小出の胡散臭さは初めから読者も解りますが、まさか登場人物ほぼ全てが
胡散臭いという結末は驚きました。これが一番本書では愁眉。

飛鳥井の親友・甘崎の死去と、つばさの死去がともに名探偵の存在にあったという
のは、名探偵とは何か?名探偵の存在とは?を問う、作者の挑戦的な描写でもありますが、
つばさの死去よりも、確かに甘崎の親友の死去は、自身が関与したことから
発生したもので、これを言うと元も子もないですが、実際他のシリーズ名探偵が
登場する作品でも十二分にありうる展開です。

一方で、葛城は飛鳥井が事件を解いていたにも関わらず、それを明らかにするのを
放棄したことを非難しますが、なんというか、この葛城の思考は中二病とまでいきませんが、
状況的に考えても、致し方ない面はあるのでしょう。
というか、飛鳥井は館に居る人物たちで、役に立ちそうな人物全てが「嘘つき」という
のがわかっていたからでは。
この辺りは葛城もあの時点で気づいていたのかちょっとわかりませんが(読み誤りならすいません)

しかし、飛鳥井の場合、このつばさの死が、かつて自分が探偵を辞めるきっかけと
なった<爪>という殺人者による事件であるということに、甘崎の絵を見つけることで
気づくのですが・・・
彼女は事件発生時に、この事実が明らかになっていた場合でも同じ対応をしたんだろうか?

また、この<爪>に、処分を下すのは葛城で、彼はなぜ<爪>を見殺しにしたのでしょうか?
ここもなにげに名探偵の存在、名探偵とは何か?に通じるのではないかと思うのですよね。
犯人をどうするのか、謎を解けば終わりなのか、犯人を説得するのかetc・・・

次作でどうこの沈み込んだ<名探偵>が復活するのか、それとも・・・気になります。


紅蓮館の殺人 (講談社タイガ)

紅蓮館の殺人 (講談社タイガ)

  • 作者: 阿津川辰海
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2019/09/19
  • メディア: Kindle版



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