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猫の舌に釘をうて [都筑道夫]

まずはAmazonさんの紹介ページから。

「わたしはこの事件の犯人であり、探偵であり、そして被害者にもなりそうだ。」
一人三役という奇想天外な設定に加え、叶わない愛と明日に希望を持てない主人公の
哀切な心理を描いたセンチメンタリズムな作品。
数ある都筑作品の中でも最重要作に挙げられる傑作長篇、ついに復刊。


これは傑作です。
都筑道夫先生作品はやはり群を抜いて「退職刑事」が好きでしたが、
このような長編、いや有名長編ですが、今回なんと7回目の刊行(復刊)で
初めて手に取ることができましたが、ミステリ作家・都筑道夫ここにあり、という感じ。

まず、紹介文や帯にある「私はこの事件の犯人であり、探偵であり、被害者」というのは、
特に現代では結構よくありそうな、良い意味で売り出しように使う煽り宣伝のよう。
しかし、だいたいそれは期待外れに終わるのです。

ところが、本書はこの一人三役を見事にやってのけます。
かつて辻真先先生が「仮題・中学殺人事件」で犯人は読者という、犯人の意外性という点を
突き詰めた作品がありましたが、本書も犯人の意外性を発揮しつつ、さらに犯人が被害者で
あるという、驚きの捻りを加えています。

また、本書が手記、という体裁を取っているところもポイント。
上記のような、一人三役であること等に触れられていなければ、ミステリ好きならば、
まず手記という体裁に何らかのトリックを予想して、注意してよむでしょう(苦笑)。
ところが、初めから手記の作者が上記のような告白をしているので、叙述トリックなど
考えもせず、本人が記録に残しておく、というのをまるっきり信じて読んでました(笑
ここは実に上手い。

そして、これもですが泡坂妻夫先生が苦心して作った、本そのものへのトリック。
これは本当に泡坂先生以来、初めて見ました。手記の内容だけでなく、手記そのものに
罠を仕掛けるという。このトリックは、束見本に書かれた手記、というのが大きな大前提。
なぜそんなのに手記を書いているのかというのが良く解るトリックです。

そして、本書が『猫の舌に釘をうて』という束見本に手記を書いているというのも
面白く、唐突に登場する「読者への挑戦状」に驚きました。
むろん、これは手記者が書いたものではないのですが、手記にトリックが仕込まれている
ならば、この読者への挑戦状は、もう一人の犯人が記したミスリードなんでしょうか?
それとも実際に解けるのか?ここはわかりませんでした。

とにかく上記のように、二重三重にトリックを仕込んだ本書ですが、一方で、
法月綸太郎先生の解説も必読です。本書を読む前に読んでも良いくらいです。
というのも、解説を読んだ後では、本書の捉え方がまた違ってくるのです。

都筑道夫先生が手がけてきた翻訳作品、学生時代の淡い思い出、自身の葛藤等々・・・
『推理作家の出来るまで』や他エッセイ・評論をも踏まえて、まさに本書を読み解いた
法月解説は、本書のもう一つの傑作だと思います。

タイトルで避けている方、後悔します!


猫の舌に釘をうて (徳間文庫)

猫の舌に釘をうて (徳間文庫)

  • 作者: 都筑道夫
  • 出版社/メーカー: 徳間書店
  • 発売日: 2022/02/08
  • メディア: 文庫






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人間じゃない 〈完全版〉 [綾辻行人]

まずはAmazonさんの紹介ページから。

「あの家のこの部屋は……密室、だったんです」持ち主が悲惨な死を遂げ、
今では廃屋同然の別荘〈星月荘〉。訪れた四人の若者を襲った凄まじい殺人事件の真相は?

表題作「人間じゃない――B〇四号室の患者――」ほか、『人形館の殺人』の後日譚「赤いマント」、
『どんどん橋、落ちた』の番外編「洗礼」など、自作とさまざまにリンクする五編に加えて、
『7人の名探偵』の「仮題・ぬえの密室」を完全収録。

またまた久しぶりの更新です。
このところ、どうも暑さにやられているのか、読書がはかどりません・・・
ぼーっとしているなあ(苦笑)

そして、久しぶりの綾辻行人先生作品。これまでの未収録短編を1冊にまとめたもの。
それに、新本格30周年アンソロジーに書かれた「仮題・ぬえの密室」を収録した作品集。
「ぬえ」の方は、上記『7人の名探偵』で感想を書いたので、ここでは省略。

綾辻先生や新井久幸さんの解説で、大半が語られているのですが、
そこはご寛恕頂き・・・
個人的には「赤いマント」が本作愁眉。というか、綾辻行人作品でこれほど
ストレートなミステリを読んだのは、相当久しぶりに感じました。
しかも、新井さんも書かれているように、フーダニットからホワイダニットの流れが
見事なんです。いやあ、こういう純粋なミステリ短編集を綾辻作品で読みたいなあ。

「洗礼」は、なんというか、少し悲しくなる作品でもあり、綾辻さんなりの追悼作品だなあと。
「仮題・ぬえの密室」の直後に本作が配置されても良かった作品。

表題作「人間じゃない-B〇四号室の患者-」は、これはホラーと捉えるべきなんですよね。
ミステリではない、いやサイコミステリとも言えるかもしれないが。
これを論理的に解決するのは不可能なので。
とはいえ、元はコミック用に準備された話とのことなので、そちらも見てみたいなあ。

新本格は今年35周年?になるんでしょうかね。
綾辻さん、有栖川さんなど第1世代はまだまだご活躍いただきたい。
新作お待ちしております。


人間じゃない 〈完全版〉 (講談社文庫)

人間じゃない 〈完全版〉 (講談社文庫)

  • 作者: 綾辻行人
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2022/08/10
  • メディア: Kindle版






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平成古書奇談 [ミステリ]

まずはAmazonさんの紹介ページから。

初書籍化となる鬼才・横田順彌による古書ミステリ。主人公の馬場浩一が
馴染みの古書店で出会う古書をきっかけに本にまつわる謎に巻き込まれる。

フリーライターをしながら作家を志す25歳の馬場浩一は、街の古書店、野沢書店に出入りしている。店主の野沢勝利と娘の玲子と懇意にしながら、趣味や仕事、執筆の資料として出会う古書を通じて
不思議な事件や謎にぶつかる。古書マニアの著者が知る業界の事情を巧みに盛り込み、
SF、ホラー、ファンタジーを横断する連作集。平成の隠れた古書ミステリが初書籍化。
日下三蔵氏による編者解説も併録。

SFと古書に人生を捧げた著書によるSF、ホラー、ファンタジー、青春を
横断する職人芸ともいうべき傑作を発掘!!!
SF界の異端児が残した古書ミステリ、初の書籍化
作家は肉体が滅んでも、作品が読まれ続ける限り、
世の中から消えることはない 編者 日下三蔵


久しぶりの更新です。そして初めての作家さんです。
解説に惹かれて購入しました。
これは面白かった。カテゴリをミステリにしてますが、解説にあるとおり、
内容的にはそれだけに留まらず!

主人公・馬場浩一、作家志望のフリーライター、野沢書店の店主・野沢勝利とその娘・玲子。
この3人がどちらかというと狂言回しになり、それぞれの古本にまつわる
奇談が語られていく物語です。
以下、ネタバレあり。






本シリーズが執筆されたのが、2000年代初頭、その頃の古本屋業界や
社会風俗も描かれており、その点も興味深く。
しかし、古本屋業界は、この頃よりさらに厳しくなってますよね。
私もむかーしは古書店を歩いたりしましたが、日本の古本屋での購入が増え、
昨今は書店にすら出向かないようになりました。

古本屋・本屋に行けば、目当てでない本にも巡り会うことができて、
楽しいんですけどね。効率重視になってしまいました。

閑話休題。
本書は最終回含め全9話構成。
「第一話 あやめ日記」から、すでにSF全開です。
ひょっとしたら、野沢玲子には腹違いの兄妹が居るかもしれない、というとんでもない
事が明らかになりそうでいて、かつ、なぜか日記が更新されていく。
後者は恐怖でした。ホラーに近いと感じました。
本来ならば、この話を広げていくため調査していくのですが、主人公たち3人は
調査せず、読了となります。
この終わり方がまた良いのですけどね。調べて果たして良い方向になるのだろうかという
野沢店主の考えもあろうとは思いますが、作風でもあるのでしょうか。

「第二話 総長の伝記」、これは唯一と言って良いくらい解決編まで執筆されてます。
いや、もっともその解決編が真実なのかどうか、それも疑わしい終わり方で締めくくられて
いるのがまた素晴らしいのですが。

「第三話 挟まれた写真」はホラーミステリでしょうか。全編含めて、
本話は一番謎だらけのお話になっています。
なぜ悪夢を見るのか、挟まれた写真は一体何なのか、写真を取りに来た老婦人は
誰なのか・・・全てが不明のまま終幕します。

「第四話 サングラスの男」、これはある意味どんでん返し作品ですね。
透視や超能力に関する古本やその歴史が語られ、そのマニア、いや研究している方から
本を売りたいとの連絡が来て・・・標題が全てを物語っていますね。

「第五話 おふくろの味」、これもホラーですが、グロさでは本書一番ですが、
同情してしまう面もあるなあ・・・
結局、神崎の恋人の母親の要求は単に別れさせるためなのか、本当に求める「おふくろの味」
があるのかわからずじまい。個人的には前者のような気がしましたが。

「第六話 老登山家の蔵書」、登山家が蔵書を整理したいと申し出たことから、
引き受けにいく野沢と(アルバイト的立場の)馬場。
ところが、その後で「妻」からの意見でいくつかの古書は売れなくなったと
申し出があり・・・その本の全て「雪女」や幻想小説だったという。
これもホラーですね。付き合いが長いのに、一度も奥さんの顔を見たことがない野沢店主。
ある意味一番的を得た推理をする娘の玲子。
真相はそのさらに先をいくものなのかもしれません。

「第七話 消えた『霧隠才蔵』」。これが一番古書店らしいミステリかと思います。
消えた古書のタイトルもまた良いじゃないですか。確かに消えそうと言う(笑
野沢店主の隠された力(?)が充分に発揮された1作。

「第八話 ふたつの不運」。落としてしまった本を、全く違う路線なのに、
玲子が拾う。そんな偶然あるのだろうか?また馬場の書いた作品が戦争賛歌と取られ
落ち込み・・・、本作は、運不運について書いた1作。一方で野沢家と馬場の親密さが
さらに増す作品でもあります。

「最終回 大逆転!!」。ここで言う大逆転とは、馬場が売れっ子作家になったとか、
そういう意味ではありません。物語が反転するというか、まあこれまでの話が
実は作中作品であり、本作を出版社に持参し、掲載が決定するということが
最後に書かれています。
これを書いたのが果たして馬場なのか。そしてこれまで書かれていた事柄は
全てフィクションなのか、脚色なのか、その辺りの謎も残して読了です。

1話が手軽に読め、それでいて面白い。よい作品でした。


平成古書奇談 (ちくま文庫)

平成古書奇談 (ちくま文庫)

  • 出版社/メーカー: 筑摩書房
  • 発売日: 2022/07/09
  • メディア: 文庫






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